スキルセット その6 座学と実務の間

ちょっとがんばれば大丈夫かな、
彼に初めて会ったときには、そう思った。


彼の経歴書には、いくつかの開発案件での開発経験と、
「簿記二級取得」が書き込んであった。
今回の仕事は、概要設計から入るので、
客観的に見れば少し経験が足りないが、
簿記を勉強するくらいだから、
業務の知識も多少持ち合わせているだろう、
昨今の人不足、がんばってみてもらおう。
そう思い、現場に送りだした。


で、その後、現場の人間に聞いてみた。
「彼どう?」
「とりあえず、業務知らないからダメだね。
難しいものは任せられないよ」
「難しいって、技術的に?」
「技術は特に問題ないよ。やっぱり業務だね。
単純に一覧を出すだけでも、
何を表示したらいいのか、わからないみたい。
全部こっちから指定しているから、
概要設計者としては機能していないよ」


ふうむ、ふうむ、ふうむ・・・
この話を、やっぱり資格だけじゃなくて、実務もやらないとね、
という感じでまとめるのは簡単だが、
具体的に、簿記2級というヤツと、概要設計者に求められるスキルと
どこにギャップがあるのだろう??
ということで、社会人になった直後以来、
何年ぶりかで、簿記のテキストを引っ張り出し、
ちょっと最初からやってみることにした。*1


久しぶりにやってみて、うーん、忘れているなあ、
というか、そもそもわかってなかったかも、
という部分がバンバン出てきて、それはそれで驚きだった。
しかし、確実に以前と違う感覚があった。
問題・例題を読むたびに、
「えっ?この数字はどうやってもってきたの?」
というところに、引っかかりまくるのである。


たとえば、である。

次の取引の仕訳しましょう。
素材を直接材料費として13,200円、間接材料費として1,800円分消費した。

い?どうやってこの「13,200円」と「1,800円」を特定したの?
という引っかかりである。
当然、この問題を解くにあたっては、
まったく関係のない疑問なのだが、
その数字が出てくるまでが業務の流れなのに、
それが分断されて、ふっ、と出てくるので、
かなり面食らうのである。


もちろん、この後、材料の原価の計算方法として、
おなじみ先入先出法だの、総平均法だの、そのやり方がでてきて、
材料元帳の説明もある。
だが、何を見てその材料元帳を記入するのか?
という点については、なんら記述はない。


つまり、簿記の資格というのは、
「数字ください〜もらったら、ちゃんと記録できますよ〜」
ということを担保しているだけであり、
どうやったら、その元の数字がでてくるのか、
ということの知識を得るものではない。
しかし、システムで組む帳票というのは、
その元となる数字を出すため、もしくは、元となる資料と、
実際にシステムに投入された数字とのチェックを行うために
使用されるものだ。
だから、簿記を取るために最適化された勉強をした結果と、
システムの概要設計をするためのスキルにギャップが出てくる。
簿記の問題に出てくる数字がどうやってでてくるか?
の、答えを知らないと、概要設計はできないのだ。
うーん、当たり前と言えば当たり前だが・・・


しかし、書いていて思ったのだが、
「数字ください〜もらったら、ちゃんと記録できますよ〜」
ってのは、
「入力してください〜そしたら、ちゃんと動きますよ〜」
と、のたまう、使えないSAP認定コンサルの言い草そっくりである。
うーん、そうか、入力されたらこう動きます、
という知識しかないと同じように、
どうやってその入力原票が作られるのか、
ひいては、業務の流れの中にシステムがどうかかわるのか、
それが見えなくなってしまうんだな・・・
と、一人納得したわけである。


では、どうやったらそこの部分を勉強できるのか?
ところが、その部分について記述してある本というのは、実はかなり少ない。
たぶん、資格試験とは別の知識なので、
顕在化した需要ではないのが、一番の理由なのではないか、と、思う。
そういう意味では、前にも紹介した、岡本先生の「原価計算」は、
やっぱり名著である。
しっかり、データの収集の仕方と、業務帳票にまで踏み込んで、
記述がしてあるわけだから。

原価計算

原価計算

そして、やはり、書いてあることに疑問を持ち、調べる、
というステップを意識的に行わないと、
本当の理解にはたどり着かないのだ、と、再認識した次第。
もう一冊、参考文献を。
自分がいかに「読み飛ばし」ているか、を、思い知らされる一冊。

わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

ま、今日はこんなところで。

*1:実は、簿記の2級は持っていない。何度か失敗した上に、おかんに「大学までやったのに、簿記2級もできひんの?なさけないなあ〜私は高校時代にもうとっとったで」とまで罵られ、やる気ゼロになって今に至るのであった。そう言えば、そもそも会計をやりたい、っていって、東京に出てきたんだったなあ・・・