印象の差

印象操作ってこういうことなのかしら

まあ、まずは以下の二つの記事を見てみましょう。
http://www.asahi.com/politics/update/0105/007.html
http://www.news24.jp/74647.html
さて、安倍総理は、ホワイトカラー・エグザンプションを導入したがっているのでしょうか?そうじゃないんでしょうか?
明らかに朝日の記事は、安倍ちゃんがかなりバカで、言いたい放題を言ってるような記事のつくり。
日テレのほうは、「実はホワイトカラー・エグザンプションの導入はしたくないんだよね」と、思っているんだけれど、厚生労働大臣の顔もあるから、一般論を先に言ってみた、という記事のつくりになっている感あり。
まあ、会見の全部をどちらにせよ見れるわけではないので、なんとも言えないわけなんですが。

結局ひとごとなんですよね

さてさて。
この8年くらいの間、残業代は一銭ももらったことのない私にとって、ホワイトカラー・エグザンプションってやつは、他人事そのものであったりするわけですな。これが。というか、現状追認なだけなのでは?と、思ってしまう。それに、なんか時間が長ければ残業代が発生する、っていうのも、なんか体に合わない。
たとえば。OSのインストール作業ひとつとっても、何がしかのトラブルは付き物なので、なんかちょっと躓いてしまえば、えらい時間がかかってしまう。ただ、そういうのって、見る人が見れば、すぐ原因はわかるわけで、あーだこーだ言った後に、なんとか人の助けももらって、作業が完了したとしよう。
で、である。その作業が「上司に」言われたものだったら、残業代が請求できて、「お客」に言われたものだったら、追加請求なんてできないね、とまあ、極端な話、そういうことなのである。「お客」に対して請求できるかどうか。それが「成果に対して」報酬が支払われる、ってことなんじゃなかろうか、そう思うのである。
まあ、こういうことを書くと、上司に言われた場合には、作業者のスキルと合っていないわけだから、監督者に責任があって、だから残業代が請求できるんだ、という反論が絶対くる。しかしながら、その論法で行けば、かならずスキルにマッチした仕事しか上司は渡さなくなり、仕事を通じてのスキルアップだとか、ちょっとチャンスだから任せてみようだとか、そんなモチベーションは、上司にも作業者にもわかなくなる。それって、両者にとって不幸せだよなあ、と思うわけである。
確かに、全部のケースにこの論法が当てはまるわけではないのだけれど、私は、これからも残業代のつかない仕事を続けていくことだろう。多分、幸せな恵まれたケースなのだろうが。