ひとたらしの部長さんへ

二週間前にあった通夜は、整然としていた。
まあ、そりゃそうで、上場企業の情報システム部部長さんともなれば、仕事関係だけでもわんさか弔問のかたは来ており、整然と、マニュアルに基づいて誘導しなければ、全員が焼香なんてできやしない。


けど、やっぱり、位置取りが悪かった。
焼香の番はすぐに来てしまった。
親族の方におじぎをし、2回つまんで焼香。その後はもう、自動で外に出るだけだ。
正直、もうちょっと遺影のひとつでも見ていたかった。


もう7年前になる。初めてあったのは。
客観的にみて、ひとくせもふたくせもある、油断のならない御仁であったのは間違いないのだが、少なくとも、この部長さんがいなければ、私の今は、また随分と違ったものになっていただろう。
なぜだかわからないけれど、血の気が多く、すぐ誰彼かまわずケンカしていた私を、なんだかずっと我慢して使い続けてくれた。
6時すぎには、おそらく接待であろう飲み会に行くのだが、10時をすぎて、ふらっとプロジェクトルームに現れる。
当然、お酒が入っているので、赤ら顔なんだけれど、その部屋に残っている人間の名前と、何をやっているのかは、バッチリ覚えて帰っていく。
カットオーバーしてから、銀座のクラブに連れて行ってもらったとき、そのときに私がやっていた仕事を覚えていて、「ま、心配したが、よくやったよな」と、言ってもらったのが、とても嬉しかったことを覚えている。
結局、「ひとたらし」だったんだろうか。


丸々4年、その上場企業にはお世話になった。
当時部長代理だったその人の肩書きは部長になり、設備系のプロジェクトだとか、関連会社へのR/3展開だとか、そういった仕事をやらせてもらった。
そのときに、生産・物流全体であるだとか、予算策定プロセスだとか、原価計算だとか、そういった企業活動全体というヤツについて、実地で学び、経験することができた。
私は、ほとんど全部初めての経験だったのだが、「当然知ってますよ」という体を装った。部長さんは、ニヤニヤとそれを見ていたが、多分ハッタリだと見破っていたのだろう。


私の人生の幸運な時間を作ってくれた恩人は、定年には早すぎる年で、鬼籍に入ってしまった。
まだ、何にもお返ししてないのに。
けど、あの世でニヤっとして言ってそうだ。
「心にもないことを言うな」
いや、たまには、ハッタリなしの話もしますよ、私でも・・・